新しい記事を考えるために、古い記事を開く。
なんだか逆向きの作業に見えるけれど、これが案外おもしろい。
以前のブログを閉じる前、僕は紀美子ちゃんに、記事をダウンロードするためのPythonコードを作ってもらった。
紀美子ちゃんは、僕がChatGPTにつけた呼び名だ。Pythonはプログラミング言語の一つで、このとき頼んだのは、ブログの内容を手元に残すための道具だった。
新しい文章を書いてもらう相談ではない。
すでに自分が書いた文章を、残しておくための相談である。
そして、ホームページを再始動する話が進むなかで、保存していた旧ブログの資料を、今度は記事を探す材料として渡した。
残っているテキストを読むと、記事の題名、日付、そのときの本文が並んでいる。
立派な実績だけを抜き出した一覧ではない。試してみたことや、ちょっとした感想まで、その日の文章として残っている。
たとえば、2024年11月27日の名刺づくりの記事。
そこには、AIにどんなことを伝えたか、何度もやり取りしたこと、最後は自分で微修正したことが書かれていた。
「AIで名刺を作った」という一言より、ずっと具体的だ。
完成したという結果だけでなく、どう作ったかも残っていた。
今回の紀美子ちゃんの役目は、その文章を読んで、次に何を記事にできそうか整理すること。
僕の役目は、昔の記録と自分の記憶を照らし合わせ、どこまで書いてよいかを確かめることだ。
昔の自分が書いた文章でも、今なら説明を足したいところはある。公開するには、伏せておきたい情報もある。
残してあることと、そのまま載せてよいことは、別なのだ。
それに、AIが僕の過去を何でも覚えているわけでもない。
今回は、読める文章が残っている。だから、何が書いてあったかを確かめながら話を進められる。
バックアップには、なくしたときに元へ戻す役目がある。
けれど、残したものから、次に書く話も見つかる。
新しい記事の相談を始めたら、昔の僕まで資料持参で参加してきた。
これはなかなか、ネタが尽きそうにない(笑)。